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EMGマーク7をメインとした蓄音器ミュージアム

☆エクスポーネンシャル・ホーンとリエントラント・ホーンの音の聴き比べ (その音響学的解析)  

【はじめに】

ゲストルーム

私の専門分野は室内音響で、当時、新宿厚生年金ホールの壁が平行であったために、ニニー・ロッソがトランペットを吹くと0.5秒位遅れて後方の壁で反射した音がステージに戻って来て大変聞きづらいホールでした。 そこで良いコンサートホールを造るための模型による基礎実験をその当時担当していました。 図―1のように長方形の部屋ですと、部屋の高さであるL1の長さが半波長に相当するf1の周波数の共鳴が起きます。同じように縦の長さL2の長さが半波長に相当するf2の周波数の共鳴が起きます。 横はL3の長さが半波長に相当するf3の周波数の共鳴が起きます。従ってこの部屋の周波数特性は図―1の下のグラフのようにf1とf2とf3の周波数で共鳴が起きるため、その部分でピークを持った周波数特性になります。 この部屋で音楽を聴くとf1とf2とf3の音が出た時に部屋で共鳴して、その音だけが極端に大きく聞こえる訳です。(ここでは基本振動だけを考えていますが、実際には更に高調波振動があり更に複雑な共鳴になります。)」 向かい合った壁を平行にするのではなく、蓄音機のホーンのように徐々に広げた壁にする必要があります。野原で音楽を聴くのであれば、出た音が帰って来る事が無いため共鳴の問題はありません。しかし部屋で音楽を聴くとなると、部屋の共鳴は避けられません。 であるならば、どの音が来ても全ての周波数が連続して共鳴することと、同じ周波数の音が2か所以上で共鳴しないことがコンサートホールを造る上での鉄則になります。 (同じ周波数が部屋の2か所で共鳴すると聴く場所において2か所から来る音の位相が逆位相になると音が聞こえなくなる音抜けの減少が起きるからです。) そこで図―2のような非平行な長い壁を考えます、それを3つに分けて、1つを床と天井に、1つを舞台と後方の壁に、1つを左右の壁にします。 このような部屋を造る事によって部屋の中の共鳴は連続して途切れることがなく、しかも同じ周波数が2か所で共鳴することが無いため位相のズレも起きません。 従って周波数特性も図―2の下の表のように、フラットな特性に近づくのです。このようなことを、40年前に10分の1サイズで模型実験することが私の最初の研究テーマでしたが、同じことがこの蓄音機のホーンの共鳴にも言えることなのです。


【筒による共鳴の実験】

ゲストルーム

ここで、横笛のような筒による共鳴の実験をしてみたいと思います。ここに、サウンド・レベル・キャリブレーターと二重になった長さを可変出来る筒があります。二重の筒の内側の筒の外側には1cm間隔でメモリが付いています。 (写真―1)この2つを使って、サウンド・レベル・キャリブレーターから出る音の高さが何Hzであるかを、計算してみましょう。 筒の片側にキャリブレーターをセットして音を出します。図―3のようにA点で共鳴を起こし音が大きく聞こえます。 筒を徐々に伸ばしていくと共鳴は起きずにキャリブレーターの音だけが聞こえます。更に筒を伸ばしてB点に筒が来ると又共鳴が起きて音が大きくなります。 A点では、筒の両端が空気の粒子が良く動く部分で弦で言うと腹に相当します。そして筒の中央に1個音の節が出来ます。 (図−3の上の図で赤線が音の共鳴の様子)この波形は半波長に相当します。 即ち、キャリブレーターから出ている音の丁度半波長に相当する筒の長さになった時に共鳴が起き音が大きくなっているのです。 筒をだんだん長くしていくと、(図ー3の真ん中の図)共鳴は起きずキャリブレーターの音だけが聞こえます。 更に筒を長くしていってB点に来るとまた共鳴が起きて音が大きくなります。(図ー3の下の図)筒の中の赤線が共鳴している波形です。 筒の両端が弦の振動で言う腹になり、筒の中間に節が2つ出来た半波長が2個分繋がった波形になっています。 A点の時のスケールが0cm、B点の時のスケールが17cmでした。従って17cmが半波長になっていますから、1波長は34cmとなります。 音の速さは1秒間に340m進みますから、340mの中に1波長34cmが何回入るかを計算すると34000cm÷34cm=1000回(Hz)となり、 このキャリブレーターの音は丁度1000Hzの純音であったことが計算出来るのです。部屋の壁の共鳴も相対する壁の距離が半波長に相当する音で共鳴を起こし、 両端が開いた管の共鳴も管の長さが半波長に相当する音で共鳴を起こしていることが分かりました。逆に他の音が来ても全く共鳴しない(音が大きくならない)のです。音と言うのはそのような性質を持っているのです。


【二つの波の合成】

また音は目には見えませんが、海の波と同じです。台風の時の大波を考えて見ましょう。2か所から即ち、ななめ右側と、ななめ左側から大波が来ているとします。 右からくる波のピーク(最高値)と左から来る波のピークが重なった地点では波は物理的に約2倍の高さまで大きくなります。 音で言いますと右から来る音の強さが70dBSPL、左から来る音の強さが同じく70dBSPLとしますと、聴く位置でピーク同士が重なるとエネルギー計算で73dBSPLの音になり3dB位音が大きくなるのです。 逆に波のピークと波のデイップ(最低値)が重なると波は物理的にゼロになります。音で言うと音抜けと言う現象が起きます。 このことは後で位相の問題で必要になります。 では、本題に入ります。エクスポーネンシャル・ホーンとリエントラント・ホーンの大きな違いの一つは音の像、音源の像の違いにあります。 まず円形型のエクスポーネンシャル・ホーンについて説明します。


【円形型エクスポーネンシャル・ホーンの音像について】

ゲストルーム

図―4はEMGマーク7のホーンを真っ直ぐに伸ばした時の形状です。ホーンの出口の口径は直径が45cm(450mm)です。この出口の所でこのホーンとしては一番低い音の共鳴が起きます。 即ち45cmの直径が半波長に相当する音の共鳴が起きます。従って1波長は90cmに相当する共鳴が起きるのです。 これを周波数に計算しますと、1秒間に音が進む音速340m/secの中に1波長90cmが何個入るかを計算すると、34000cm÷90cm=378Hzとなります。 またホーンの中程に直径が17cmの場所がありますが、ここでは、17cmが半波長、即ち1波長が34cmに相当する音の共鳴が起きています。 周波数に計算しますと、34000cm÷34cm=1000Hzの音の共鳴が起きています。そして、サウンドボックスを取り付ける入り口は直径が17mmですから、17mmが半波長、即ち1波長が34mmに相当する音の共鳴が起きています。 これを周波数に計算しますと340000mm(音速)÷34mm=10000Hzになります。 従って、このEMGマーク7の円形型エクスポーネンシャル・ホーンでは、10000Hzから378Hzまでの範囲の音が連続して、周波数が異なれば異なった場所で、しかも一つの周波数は一か所でのみ共鳴(一か所の同心円上で1周波数が共鳴)しているのです。 そして、その音の像は全ての周波数において円の中心に点の音像が出来る、点音源になるのです。カメラで例えるとピントが合ったフォーカスした状態です。 では、リエントラント・ホーンの音像はどうでしょうか?


【リエントラント・ホーンの音像について】

ゲストルーム

図−5はHMV203のリエントラント・ホーンの形状です。導音管の途中から2つに分かれたホーンが長方形で上下に位置しています。 上のホーンも下のホーンもどちらも上下方向にはエクスポーネンシャルで徐々にホーンが広がっています。しかし、左右の両サイドはエクスポーネンシャルにはなっていません。 ホーンの出口の縦が36cmですから、この長さが半波長、即ち1波長が36cm×2=72cmの共鳴が起きます。34000cm÷72cm=472Hzの音の高さの共鳴が縦方向に横一列に図の青色の矢印のように共鳴が起きています。 その青い矢印の中心を線で結ぶと図の赤線のように上と下のホーンそれぞれに線音源が出来ます。二つの線音源を聴くと縦が約36cm横が約76cmの面の音像が出来るのです。 このように音像が広がった音となるのです。カメラで例えると像をぼかしたピンボケの状態と言えます。従ってリエントラント・ホーンは音像が広がった面音源として耳には聞えるのです。


【自然界の音の像はどうなっているか】

では、自然界の生の音の音像を考えてみましょう。まず、人間の声(ボーカル)はどうでしょうか。声帯の振動が口までの17cmの管で共鳴し、口から音が放射されます。 従って、3m〜5m位離れた人の歌を聴くと、この距離(300cm〜500cm)に対して口の大きさ(約3cm〜5cm)は、むしろ点音源に近いと言えるでしょう。 次にバイオリンを考えて見ましょう。バイオリン本体の共鳴箱で共鳴した音が真ん中の穴から放射されます。聴く距離と穴の大きさからして、点音源に近いと言えるでしょう。 このようなことから、私がサッチモを聴いた時に一番リアルに聞こえたのが円形型のエクスポーネンシャルホーンであったと言うことの、一つの音響学的側面からの解析になります。 しかし、自然界の全ての音が点音源にはなっていません。例えば、ピアノの音を考えて見ましょう。グランドピアノの蓋を開けた状態で、演奏を聴くとしますと。 共鳴箱の開口が大きいため3m〜5m離れて聴いたとしても、点音源と言うよりも、むしろ広く広がった音の面音源に近いと言えます。 また大編成の交響曲などは、点音源の再生装置で聴くよりも面音源の再生装置で聴く方が広がりが感じられ迫力があります。 大編成の交響曲を点音源の再生装置で聴くと、全ての音が一点から音が出て来るため、広がりが無い音になります。 従って、私はボーカルや楽器のソロ演奏等は点音源の再生装置で、交響曲などは面音源の再生装置で聴くと云う、使い分けをしています。


【音像の比較】

では、ここで実際に点音源と面音源の音の違いを聴き比べてみましょう。
@ エクスポーネンシャル・ホーンとして本日はEMGのマーク7を使用します。
A リエントラント・ホーンとしては本日はHMVの203を使用します。
はじめに、点音源としてボーカルが生々しく聞こえるレコードとして、選んでみました。 Brunswick04485 ダニー・ケイ『セ・シ・ボン』を聴いて下さい。・・・・・・ マーク7で聴くとダニー・ケイが正にそこで唄っているように聞こえたでしょうか。勿論、203で聴いても問題なく聞こえますが、比較すると203はボーカルが点音源でなく、面で広がった音に聞こえたのではないでしょうか。 次に大編成の楽団の音で比較してみましょう。レコードは 日本ビクターJD−538−A ブラームス、ヴァイオリン協奏曲ニ長調 フリッツ・クライスラー(V)ブレッヒ指揮、ベルリン国立歌劇場管弦楽団 この曲は面音源に近い大編成の楽団と点音源に近いヴァイオリンが入った曲として選んでみました。では聴いてみて下さい。・・・・・・・・・・・ マーク7では全ての音が点音源となり広がりのない音として聞こえたのではないかと思います。それに比べて203では、大編成の楽団がダイナミックに聞こえたのではないでしょうか。 このように蓄音機によって音像が異なるため、自分の好みで曲によって蓄音機を選択すると言う楽しみ方もあるのです。 エクスポーネンシャル・ホーンとリエントラン・ホーンの次に大きな違いは位相の違いにあります。


【HMV203の位相について】

ゲストルーム

図―6に203リエントラント・ホーンの構造を示しました。上のホーンと下のホーンの縦のサイズはどちらも同じ約38cmです。 この長さでの共鳴周波数は38cmが半波長、1波長は76cmですから34000cm(音速)÷76cm=447Hzになります。 この共鳴が上と下のホーンの同じ位置で共鳴しているために、2つのホーンの真ん中で聴くと上のホーンで共鳴している位置と下のホーンで共鳴している位置が聴く位置において同距離のため、 全ての周波数において位相は同位相になります。しかし聴く位置が真ん中から上下にずれるとホーンの上と下の同じ位置で共鳴した音も聴く位置が中央からずれているために、上から来る音と下から来る音の聴く位置までの距離が異なるために位相が揃うことがありません。 (図―6参照)従ってリエントラント・ホーンで上のホーンと下のホーンのサイズが同じ大きさの場合には、上のホーンと下のホーンの丁度中央で聴くと全ての周波数において位相が揃った音を聴くことが出来るのです。 しかし、中央からずれた場所で聴くと位相が揃う場所はありません。でも位相が揃う場所があるということは良いことなのです。


【EMGマーク7の位相について】

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図−7にマーク7円形型エクスポーネンシャル・ホーンの構造を示しました。ホーンの直径が17cmの同心円上で、円のあらゆる方向に1000Hzの共鳴が起きています。 (図中のA点)また直径が34cmの同心円上では円のあらゆる方向に500Hzの共鳴が起きています。(図中のB点)このように1周波数が一か所(一面)でのみ共鳴しているので、聴く位置はどの位置で聴いても位相がずれることは全くありません。


【クレデンザの位相について】

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では、アメリカのビクトローラ・クレデンザのリエントラント・ホーンはどうでしょうか。 図―8にクレデンザにおけるリエントラント・ホーンの構造を示しました。 このホーンの特徴は上と下のホーンの大きさが異なることです。上のホンと下のホーンの比率が縦のサイズで4対5になっているのです。 図―8に示すように、500Hzが共鳴する34cmの位置が上のホーンでは手前にあり、下のホーンでは奥にあります。 (図中の緑色)勿論、1000Hzが共鳴する17cmの位置も同様です。(図中の赤色)従って上下のホーンの中央で聴いても位相は揃いません。 全ての場所において全ての周波数が揃う場所が何処にもないのです。 だからと言ってクレデンザが悪い蓄音機であると言っているのでは決してありません。音の好みは人それぞれでクレデンザの音が良いと言う人は沢山おられますし、私もクレデンザを所有しており音楽を楽しんでいます。 あくまでも音響学的に解析するとこのようになっていると言うだけのことなのです。


【位相の比較】

ゲストルーム

では、ここで実際にエクスポーネンシャル・ホーンとリエントラント・ホーンの位相の違いによる音の違いを卓上の蓄音機で聴き比べてみましょう。
@ エクスポーネンシャル・ホーンとしては卓上の蓄音機でHMVの130を使用します。ホーンは亜鉛板のストレート・ホーンです。
A リエントラント・ホーンは卓上の蓄音機でビクトローラVV1−90を使用します。
リエントラント・ホーンの多くは2つのホーンが縦方向に重なっているのに対して1−90(図―9)は左右横方向に2つのホーンがセットされているため、音を聴きながら頭を左右に動かすと右耳と左耳の音が左右異なる位置があります。正にその位置が片方の耳では、音の波のピーク同士が重なり音が大きく聞こえ、片方の耳では、音の波のピーク(最高値)とデイップ(最低値)が重なり音が小さく聞こえている場所なのです。 レコード盤はテンポが速くないもので、ゆったりとした曲で左右の耳の音の強弱を感じてもらえるような曲を選択しました。 ビクターS−118 『帰らざる河』マリリン・モンローを聴いて下さい。頭を左右に動かす代わりに今日は人数が多いいので、私がVV1−90をゆっくりと横に動かして行きますから左右の耳で音の大きさが異なった場所があるか探してみてください。・・・・・・ 分かった方もおられましたが、このような部屋では周りの反射があり難しいかもしれません。無響室と言う反射のない特別な部屋で実験するともっとわかり易いのですが。 次にHMV130で同じ実験をします。VV1−90ほど音の左右差が感じられないのですが、どうでしょうか。・・・・ 次に純音で実験してみましょう。レコードはDECCAのK.1804で周波数テストレコードです。1000Hz,2000Hzの純音を出し130と1−90の音の比較をします。この音も純音ですから回りの反射の影響を受け易く、はっきり分からないかと思います。これも本当は無響室で行うべきことなのですが。 ここで、過去に蓄音機の周波数特性を測定し発表された文献がありましたので、その周波数特性について、少し触れさせて頂きます。








【1978年に発表されたクレデンザの周波数特性に対する音響学的考察】

ゲストルーム

1978年6月、創刊のデイスクサウンド創刊号のなかで、『本邦初公開!!歴史的マシン EMGを聴く』という座談会形式のもので、月刊ゴロー編集者の三上廉司、小学館・月刊FMレコパル編集者の猪又義孝、歴史的名盤保存会の三品貴重、古賀孝夫さんの4人の話が掲載されているものがあります。 その中にEMGマーク]b型の蓄音器とビクトローラ・クレデンザの蓄音器の周波数特性を測定し比較した図−10が載っていました。 これを見た時に、35年前にすでに蓄音器の周波数特性を測定した人がおられたんだと大変びっくりしました。その内容を掻い摘んで紹介しますと。 ≪この蓄音機(EMG)は我が国では輸入された事がなく、今回の公開が本邦初です。・・このマシンは性能が著しく良い。正に驚異としか云いようがない。 なぜこんな音が出るか不思議でたまらない程です。・・正直いってクレデンザに毛の生えた程度のものかと思っていました。 ・・これで蓄音機と云うものに対する考えを変えざるを得なくなりました。・・クレデンザやHMV203と較べて中音域より上がEMGの方が良いと思います。 一寸信じられない音が出ますね。・・この音は大変に素直である事で、今迄聴いたいかなる蓄音機でも聴いた事がない音です。要するに“本物”の音がとび出して来る。 ・・例えば、ピアノならば隣の部屋で実際に弾いていると云う感じです。・・ストレートホーンであることが良いのでしょうか。私はそうだと思います。 ・・ここで実際に周波数テストレコードをかけてF特を調べてみることにしましょう。(図―10)・・やはり、思った通り、かなり特性が良いようですね。 全体になめらかで大きなピークがありませんね。・・何が効いて来るのだろう。研究してみる価値がありますね。 最新のステレオも含めて、私は“実音”と云うものが再生されたのを今始めて聴きました。・・昔から、蓄音機の世界にはクレデンザ党と云うのがいて、何が何でもクレデンザが最高、と思い込んでいた。 ・・クレデンザと云うマシンが神様のようにたてまつられてしまった。・・図−10にもある通り、クレデンザのF特は実にガタガタで大小さまざまなピークが存在する。 ・・EMGの特性はミクロ的には非常になめらかでピークが少ない。それがストレートホーンの影響かもしれませんね。 ・・実際問題として、時代の流れに付いて来れないような頭では、蓄音機やSPレコードを見直す本質的な意義を発見する事などおぼつかない。 だからこそ、むしろ若い人に、若い感覚でもって研究してもらいたいんです。・・≫と言う内容の座談会です。 どうやら周波数特性は取ったもののその特性から何が分かるかを読み取れていないようでしたので、少し音響学的観点から解析を試みてみようと思います。 今までに私が述べたことからもう理解出来ると思います。図―10の点線の特性であるビクトローラに注目下さい。 図の赤線で示しましたピーク値はリエントラント・ホーンの上のホーンと下のホーンがマイクを置いた位置で共に音の波がピーク(最高値)同士で音が強調し大きくなった周波数なのです。 逆に緑線で示した周波数では片方からのホーンの音がマイクの位置でピークになり、もう片方のホーンからの音がマイクの位置でデイップ(最低値)になったため波が打消し合ってゼロになり、 音抜けが起きているのです。これはノコギリ波と言ってノコギリの歯のように一定間隔で凸凹になります。 この波形が正に位相の悪戯なのです。音響学では基礎的な特性なのです。一方EMGマーク]bは当然なことにエクスポーネンシャル・ホーンですからどの位置にマイクを置いても位相の反転は起きず、 なめらかなカーブになっていると言う訳なのです。位相のことを全く考慮していないようですが、リエントラント・ホーンではこの位相が一番大事なことなのです。


【音の夕映(池田圭薯)の中の蓄音機の周波数特性についての音響学的考察】

ゲストルーム

昭和54年発行の『音の夕映』池田圭著にクレデンザの周波数特性(P323)が、またP324にはHMV203の周波数特性が載っています。 (図―11)と(図―12)を参照下さい。またこの図についてのコメントがP277に書かれています。ここの文章を拝見すると、『その再生帯域は約100Hzから4000Hzにまで及んで殆どフラットである。』と書かれています。 池田圭先生がこのような間違えをするはずがないので、おそらくこの文章はミスプリントではないかと想像しますが。この部分についても少しコメントをさせて頂きます。 この周波数特性もフラットな特性ではなく、ノコギリ波と 言って典型的な位相の悪戯なのです。図の中の赤線の部分がリエントラント・ホーンの上のホーンと下のホーンで共鳴したその周波数の音がマイクを設置した場所で共に波がピーク(最高値)であったために音が強調されたのです。 また緑線の部分では、片方のホーンからの音の波がピーク値で、また片方のホーンからの音の波がデイップ(最 低値)であったために、その位置ではピーク値とデイップ値が重なり波がゼロとなり、即ち音が抜けてしまった部分なのです。 このノコギリ波の特徴は図のように一定間隔になるのです。せっかく周波数特性を測定してもその特性が何を意味しているかが読み取れなければ宝の持ち腐れになってしまいます。 次に蓄音機の音が何故リアルな音に聞こえるかを音響学的に考察してみました。


【音の発生方式の違いについて】

ゲストルーム

まず自然界の生の音がどのようにして音を発しているかを考えて見る必要があります。楽器で考えてみましょう、ピアノ(図−13 )の場合、500Hz付近の音がでる左 側の鍵盤を叩くとします、中に張った弦が叩かれて振動します。 これ自体の音は未だ小さい音ですが、ピアノの本体の内側が共鳴箱になっているため両端が34cmに相当する壁面の位置で500Hzの半波長に相当する長さで、あるいは壁面が500Hzで1波長の68cmに相当する位置で共鳴を起こし音が大きくなるのです。 また高い音の4000Hz音を考えてみると、4000Hz付近の音がでる右側の鍵盤を叩くと、中に張った弦が叩かれて振動します。 この弦自体の音も未だ小さい音ですが、この音がピアノの内側の共鳴箱で共鳴し音が大きくなるのです。音の高さが異なれば共鳴(増幅)する場所が全て異なる、 マルチ増幅なのです。これがピアノの増幅の原理です。勿論バイオリンやトランペット等も全て同じで、色々な高さの音が共鳴箱・共鳴管の異なった場所で共鳴(増幅)し音が出るマルチ増幅なのです。 ではボーカル(人間の声)はどうでしょうか、声帯で振動(男性は約100Hzの振動、女性は約200Hzの振動)した音が口までの約17cmの声道の共鳴で声を発しています。 この全てに共通することは、共鳴で音を大きくしていると言うこと、また音の高さが異なれば共鳴している場所が全て異なると言うことなのです。


【フルレンジのスピーカーについて】

ゲストルーム

では、ステレオのフルレンジスピーカーはどうでしょうか?直径30cmのコーンスピーカーを考えてみましょう。(図−14 )音の大きさは、コイルに流す電流を大きくすることによって磁石との反発力が大きくなって、コーン紙の振幅を大きくし音が大きくなります。 即ち、ステレオのスピーカーは共鳴で音を大きくしているのではなく、コーン紙自体の振幅を大きくすることによって音を大きくしているのです。 更に致命的なことは、同じコーン紙上で同時に色々な周波数の音を増幅していることにあります。従ってスピーカーの音は自然界には存在しない、人間が人工的に作った音なのです。 音の高さが異なれば別の場所で共鳴(増幅)するマルチ増幅に対して、様々な周波数が同じ場所で増幅するのを、複合増幅と言います。 例えば、500Hzと4000Hzの音をスピーカーで同時に増幅すると、(図−14 )のように500Hzの波形に4000Hzの波形が乗った動きをコーン紙はしているのです。 これが生の音とは全く異なった音を聴いていることに他なりません。このことによって、スピーカーの音は装置をどんなにいじっても、基本的な音波の波形が異なるため、生の音とは似つかず、人工的に作った音から脱皮できないでいるのではないでしょうか。


【マルチウエイのスピーカーについて】

ゲストルーム

ステレオのスピーカーで少しでもリアルな音に近づけようと考え出されたのが、3チャンネル(4チャンネル)のマルチウエイのスピーカーでした。(図−15 )のように、例えば、低音域は800Hzのローパスフィルターを通した音をアンプで増幅しウーハ ーのスピーカーから出します。中音域は800Hzのハイパスフィルターと3400Hzのローパスフィルターを通した音をアンプで増幅しスコーカーから出します。高音域は3400Hzのハイパスフィルターを通した音をアンプで増幅しツイーターから音を出します。このような装置に500Hzと4000Hzの音を同時に入れても500Hzの音はウーハーのスピーカーだけから音が出ることになり、4000Hzの音はツイーターだけから音が出ることになり、500Hzと4000Hzのように離れた周波数であればマルチ増幅が実現出来るのです。しかし500Hzと250Hzの近接した音を同時に出すと、どちらの音もウーハーのスピーカーから同時に音が出てしまい、複合増幅になってしまい歪が多くなります。従ってスピーカーで完全なマルチ増幅を目指すなら、1Hzから10000Hzまで、1Hz間隔で1万個のフィルターとアンプとスピーカーを用意しなければなりせんが、とても現実的ではありません。(図−16) 


【蓄音機のホーンについて】

ゲストルーム

では蓄音機はどうでしょうか?(図−17 )まずは円形型のエクスポーネンシャルホ ーンについて考えてみましょう。サウンドボックスで振動した音が4000Hzの音はホーンの直径が4.25cmの場所で共鳴します。(4.25cmの直径で半波長、即ち1波長が8.5cm、この8.5cmが音速340mの中に幾つ入るかが周波数になるので、34000cm÷8.5cm=4000Hzとなる)また500Hzの音はホーンの直径が34cmの場所で共鳴が起きます。(34cmの直径で半波長、即ち1波長が68cm、この68cmが音速340mの中に幾つ入るかが周波数になるので、34000cm÷68cm=500Hzとなる)では510Hzの音はと言うと直径が33.33cmの所で共鳴していることになります、従って1Hzずれただけでも、共鳴する場所が異なる、これが理想的また完璧なマルチ増幅と言えるのです。  このように、自然界に存在する生の音の発生方法がマルチ増幅であることと、蓄音機で再生する音が同じマルチ増幅であるために、また音像が点音源になっているために、蓄音機でルイ・アームストロングのボーカルを聴くと正にそこでサッチモが唄っているように聞こえると言う訳なのです。逆に言えば、スピーカーの音はスピーカが振動するコーン紙の同じ場所で色々な周波数の音を同時に再生する複合増幅であるがゆえに、混変調歪(インター・モジュレーション・デイストーション)や高調波歪(ハーモニック・デイストーション)が極端に増えてしまいます。このように生の音の発生方法とスピーカーでの発生方法が全く異なるために、リアルな音を再現出来ないのではないでしょうか。


【おわりに】

今回は蓄音機を音響学的に解析した文献が殆ど見当たらなかったために、私が音響屋の端くれとして、一石を投じてみましたが、内容はまだまだ未熟ですので、皆様方のご意見や、誤っている箇所などのご指摘を賜りたく宜しくお願い致します。ご清聴ありがとうございました。


【参考文献】

☆星雲社 『世界の蓄音機』 三浦玄樹 著  マック杉崎 監修
☆ステレオサウンド社 『音の夕映』  池田 圭 著
☆SPレコード誌 1992・4・1発行  No11


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